第40回農業ジャーナリスト賞が決まりました
2025年5月8日
農政ジャーナリストの会
農政ジャーナリストの会は、前年(2024年1月~12月)に発表された農林水産業、食料問題ならびに農山漁村の地域問題などに関するジャーナリストの優れた功績(ルポルタージュ、連載企画、出版物、放送番組、映画など)を表彰しています。今回は新聞・書籍・映像部門から計25点の応募がありました。この中から、農政ジャーナリストの会が委嘱した選考委員会の審議を経て、下記の7作品が選ばれました。
6月10日(火)開催の農政ジャーナリストの会第62回総会で表彰します。
■第40回農業ジャーナリスト賞受賞作品■
【農業ジャーナリスト賞】
・連載企画「地方創生 失われた10年とこれから」(秋田魁新報社)
・藤井満著「能登のムラは死なない」(一般社団法人農山漁村文化協会刊)
・ETV特集「タマゴ家族」(NHK名古屋放送局)
・映画「村で生きる」(小林瞬・中村朱里監督)
【奨励賞】
・「ニューカントリー」誌連載記事「北海道の米作りのいま~水田活用の直接支払い交付金の見直し」(北海道協同組合通信社)
・福井ザクザク!掘らナイト「描けるか 農業の未来図」(NHK福井放送局)
【特別賞】
・「鍬(くわ)を握る 満蒙開拓からの問い」(信濃毎日新聞社)
■受賞作品の概要■
●連載企画「地方創生 失われた10年とこれから」(秋田魁新報社)
人口減少率が全国で最も高い秋田県の地元紙の視点で、「地方創生10年」を綿密かつ徹底検証した秀作。様々な角度から切り込み、全国各地で取材を敢行した10部70回にも及ぶ長期連載にジャーナリズムの使命を見る思いで、その姿勢は高い評価に値する。連載の前半は地方創生策が始まってからのこの10年を検証、後半は秋田だけでなく全国の地域の現場を紹介し、地域の課題を多様な角度から掘り起こし、人口減少に対する新しい視点を浮き彫りにしている。政策の形成過程に関する当事者インタビューをはじめ、丹念な取材を通じた検証を重ね、今後、どこに活路を見出すべきか、現場を基点にした地方創生のあり方を提言しており、取材班の本気度と気迫が伝わる連載で、ジャーナリズムの視点がシャープに打ち出されている。
●藤井満著「能登のムラは死なない」(一般社団法人農山漁村文化協会刊)
本書は、能登半島地震前の能登の農山漁村を丹念に訪ね歩いた取材記事と、2024年1月1日の能登半島地震後の現状に再取材を重ねたルポで構成されている。筆者は、全国紙記者として2011年から2015年まで輪島支局に駐在。その4年間の取材を通して得た地域の歴史・生活文化に関する知識や地域住民との人脈を元に、震災後の能登半島を再び取材しているだけに、生々しい被災の実態だけでなく、農業・漁業を基盤に成り立ってきた地域の強靱さとやさしさ、そこに生きる人々の素顔や思いまで描き出す奥深いルポルタージュ作品になっている。本文のほか、写真の多用、つぶやき的なコメント、コラム、「MEMO」など多彩なコンテンツも効果的で、編集者による高い編集力も感じとることができる。
●ETV特集「タマゴ家族」(NHK名古屋放送局)
養鶏業が盛んな愛知県を舞台に、経営方針と事業承継を巡って対立する父子に密着したドキュメンタリー。親子の葛藤と重ね合わせる形で、父の世代で一般的だった「ケージ飼い」と息子が志向する「平飼い」の対比と、時代の流れの中での養鶏業界の変遷も見事に描かれている。世代間の価値観の違いからくる家族のぶつかり合い、家族の病気、家族会議に至るまできちんと映像化しており、人間関係を築いたディレクターの熱意と努力を感じる。ケージ飼い養鶏で家族を養ってきた父の誇りと、平飼いで新しい経営スタイルと働き方を築こうとする息子の双方に温かい視線を注ぎ、両者のやりとりを丁寧に記録している。親子のバトンがされ、経営移譲に至るラストまで見応えがあった。
●映画「村で生きる」(小林瞬・中村朱里監督)
阿蘇の雄大な草原が広がる熊本県産山(うぶやま)村で、黒毛和牛の霜降り肉が評価される今の時代に逆行しながら、草資源を活かす阿蘇伝統の希少な「あか牛」飼育にこだわり、阿蘇の草原を守り地域循環型の畜産に挑戦を続ける親子の日常を追ったドキュメンタリー。2021年からの下見取材と1か月間の密着取材で、足掛け4年の歳月をかけて完成した力作。父親、息子、息子の妻の会話を通じて、現在の牛肉流通や消費者嗜好などが生産現場に及ぼしている矛盾をあぶり出し、明確な問題提起とメッセージが感じられる。同時に、草資源の維持、食生活、食と農の距離の問題が透けて見え、単なる畜産の物語ではなく、牛飼いの生き様、農村の現実にまで迫る作品になっている。美しい映像も目に焼き付く。
●「ニューカントリー」誌連載記事「北海道の米作りのいま~水田活用の直接支払い交付金の見直し」
(北海道協同組合通信社)
「水田活用の直接支払い交付金(水活)」という、農業界以外ではあまり知られていない地道なテーマながら、丹念に道内をめぐり北海道稲作の現状と「水活見直し」問題を深く追求した2年余の長期連載で、記者の熱意と見識を感じる農業ジャーナリズムならではの連載として高く評価できる。現場視点の鋭い切り口と粘り強い取材で、現場の苦悩を丁寧に救い上げている。凝縮した文章も素晴らしい。農業者インタビューを中心とする取材は、北海道における水田経営の地域的多様性や、その多様性が生む「水活問題」に対するインパクトや対応の相違を活写している。1人のライターによる連載企画記事だが、北海道農業ジャーナリストの会による組織的対応に位置付けている点も評価できる。
●福井ザクザク!掘らナイト「描けるか 農業の未来図」(NHK福井放送局)
トーク番組形式という制約の中で、必ずしも多くの視聴者の関心が高いとは思えない地味なテーマながら、農村地域社会にとっては切実な「地域計画」と「目標地図作成」問題に地方局ならではの視点で鋭く迫った姿勢を、まずは高く評価したい。内容的にも、兼業農家比率が全国で最も高い福井県で、計画作成期限が迫る中、話し合いを進める現場の苦悩を取り上げながら、地域計画づくりの作業が現実には簡単ではないこと、作成期限が区切られたことによる計画の形骸化の懸念、さらに、国の定義する「担い手」だけでなく、非農家の地域住民を含む多様な担い手を考える必要性への言及など、短い映像で掘り込みには限界がある中で、現場の声を拾い上げる形で語るべきポイントを明確に論じている。
●「鍬(くわ)を握る 満蒙開拓からの問い」(信濃毎日新聞社)
戦前、「満州国」(中国東北部)には全国27万人の開拓団員が渡り、長野県は都道府県別で最多の3万3千人を送り出した。その地元紙が「満蒙開拓」
というこの重いテーマの歴史と実像を、長期にわたる丹念な取材で正面から現代に問いかけた重厚長大な骨太の労大作。地方紙がここまでやるかーーというほど、インパクトが強烈だ。国策に振り回された「鍬の戦士」の歴史を
掘り起こし、多くの証言や記録を今に残す意義は大きい。農業ジャーナリスト賞という枠に収まりきらないテーマではあるが、これほどの思いが込められた精緻な新聞連載はそう多くはない。その英断に敬意を表して特別賞としたい。「昭和100年」の日本の今日の在り方が浮き彫りにされ、「戦後80年」も問うている連載記事である。
<選考委員>=五十音順
阿部道彦 (一社)農山漁村文化協会理事・制作局長
大村美香 朝日新聞記者
小田切徳美 明治大学農学部教授
鎌仲ひとみ (株)ぶんぶんフィルムズ代表・映像作家
榊田みどり 明治大学農学部客員教授 農業ジャーナリスト
日向志郎 農政ジャーナリストの会会長
三森かおり (有)ぶどうばたけ取締役